私が教員を辞めたわけ。①

今回は、私が教員を辞めるまでの迷いや、考え方の変化について書いてみようと思います。

定年まで教員をやるのは無理!

「教員を定年まで続けるのは難しいかもしれない。」

そう感じるようになったのは、特別支援学校の中学部を担任していた頃でした。

受け持つ生徒の強度行動障害により、自分も傷つき、同じクラスの生徒も傷つき、
きっと、行動している本人もまた深く傷ついている──そんな日々に、私は疲弊していきました。

当時のクラスは4人。
そのうち2人が強度行動障害を抱えており、2人とも体が大きく、対応に困難を感じる毎日。

(この辺りの詳しい話は、また別の機会に書こうと思います)

日々のクラス運営では、保護者に謝罪し続ける毎日。
生徒が帰った後には、山積みの事務作業が待っています。

時間に追われる中で、我が子との時間はどんどん削られていく。

休日出勤は当たり前。
夜遅くまで学校に残って働くベテラン教員たちの姿。

──この生活が、あと何十年も続くの?

私が定年を迎える頃、定年は何歳になっているの?
(当時、定年は60歳から65歳へと段階的に引き上げられている途中でした)

仕事を辞めたらやりたいことはたくさんある。
でも、その頃には元気で体が動く保証なんて、どこにもない。

定年まで働くのは無理。
でも、子どもの教育資金や老後の生活を考えると、やっぱりお金は必要…。

──この仕事、50歳くらいで辞められたらいいな。

そんな風に、ぼんやりと考えるようになりました。

今回はここまで。
読んでいただきありがとうございました。
またいらしてくださいね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました